忘れられない孫とのバトル?楽しいやら大変やらの子育て(孫育て)!

仲が良いおばあちゃんと孫

 お掃除をしている時、必ず足の止まる場所がある。おじいちゃん、おばあちゃんの家にはよくある、七五三の頃に正装して撮った孫の写真である。

七五三写真にときめくばあば

「かわいい!」いつもそこで立ち止まり、ニヤニヤしている私(ばあば)。しばらくして投げキッスで掃除に戻る。


その孫も中学3年生になり、来年は高校受験。成長の速さに驚きやら寂しいやら、色々な思いが交差する。その孫が3歳の頃、孫とばあばが初喧嘩?をした。

孫とバーバのバトル

ある日、ばあばは用事で出かけたママ(娘)に代わり、孫とお絵描きやままごとをしながら留守番をしていた。4時頃ママが帰ってきた。パパも珍しく早めに会社から帰り、夕食も済ませて一家団欒の時間だった。ところが、そろそろばあばも家に帰ろうと思っていた時、テレビにかじりついて見ていた孫にパパが

テレビを近くで見る娘と叱る父

「下がって見なさい」

と注意した。が、孫は動かない。

「目が痛くなるよ」

と言っても動かない。

「下がって見ないとテレビ消すよ」

とパパが言うと

「消したらダメ」

と孫が大きな声を出して走り寄り、パパの足をペンペンと叩きはじめた。それを見てばあばは孫の手をつかみ、パパから離した。

「叩いては駄目でしょう」

と叩く行為を覚えてはいけないと、叱った。すると今度は、ばあばに

「怒ったらダメ」

と反対に怒り返す。

「言うことを聞いたら怒らないよ」

と言っても

「怒ったらダメ」

と何度も繰り返す。

「誰が悪いの?」

と聞くと、

「ばあば」

と言って今度はパパの方へ逃げた。それを見たママは逃げ口を作ってはいけないと思ったのか

「パパ、向こうへ行っといて」

と言い、パパは隣の部屋に行った。ここから孫とばあばのバトルの始まりである。ばあばは孫に分かってもらおうと

「人を叩くことは良くないことでしょう」

と言っても素直にならない。その内、パパのいる部屋へ逃げ込んだ。しばらくするとドアのところまで戻り、顔だけ出して

「ばあば怒るなら、お家から出ないで」

ばあばと喧嘩する孫

まだ言葉が充分ではないが、多分ばあばは自分の家に帰って、という意味だったのだろう。

そう言うと、またパパのところへ逃げた。

「いいよ、もう来ません。さようなら」

ばあばも何と大人げないことか。するとママは慌てて

「お願いだから仲直りして帰って。このままだとあの子、今夜眠れないから」

と言う。

確かにこの子は赤ちゃんの頃から神経質で、預かった時でも寝せつけるのに苦労していた。また、ばあばの家から自分の家に帰るだけでも、車に乗せると帰りたくないのか泣き叫び、もう一度ばあばの家に入ると落ち着く。それを繰り返し結局、最後は仕方なく泣き叫ぶ孫を車に乗せ、可哀想に思いながら見送ることになる。家は車で10分と離れていないのに、ママもばあばも何と切ないことか。

そんな子供なので、ばあばもこのまま帰ろうと思っていたわけではない。

ばあばはわざと孫に聞こえるような大きい声で

「さあ帰ろうかなー、じゃあね」

と言ってみた。すると、孫が照れくさそうにへへへーといった感じで出てきた。

「あら、仲直りするの?」

と言うと

「うん!」

孫も子供なりに仲直りの機会を図っていたのかも知れない。

「テレビは離れて見るのよ。おめめによくないからね」

「うん!」

「もう、叩いたりしないね」

「うん!」

そこにはいつもの素直な孫がいました。

「ハグしようか?」

「うん!」

二人は長~いハグをして、ばあばは家に帰りました。

「初反抗期か?いや早すぎる」「自我の芽生え?」こんな小さな子が、あんな強い言葉を発することに驚き、どう受け止めればよいのか、戸惑うばあばであった。

子育てとは

子育てはとても難しい。こうだと言う正解はない。同じ兄弟姉妹でも性格が違い、それぞれの良いところを伸ばし、欠点があれば直していかなければならない。試行錯誤しながら親は子供を育てていきます。

努力を誉めてあげよう

間違いなく言えることは、良いところを褒めてあげることです。それも努力をした時、小さなことでもいいので、なにげなく褒めてあげましょう。それは自信につながります。そして悪い時は悪いと言うだけではなく、なぜ悪いのか直さないといけないのかを正しく教えましょう。それも小さいから未だ分からない、ではなく理解できるかできないかの頃からが良いのです。

15歳になった孫

孫も15歳になり、色々なことがありました。事あるごとにママから電話がかかり、孫を叱りに行ったり、時にはママの怒りから孫をかばったりと、なかなか忙しいばあばなのです。

孫はテニスをしているのですが、プレーをしていて調子が悪くなると、自分に腹をたてて不機嫌になることがあります。「それは間違っている。どうすれば立ち直れるかを考えるのよ」「自分と向き合いなさい」「自分に自信を持って楽しんでやればいいのよ」「楽しくなかったら何のためにするの?」とママとばあばは、あれこれと言ってしまうのです。

本人にしたら、そう簡単にはいかないのでしょうが、最近は少しずつ直そうとしている兆候が見え、自分なりに努力はしているようです。

中学新人戦の出来事

影ながらテニスの応援をする様子

孫が中学一年生になった新人戦の時、とても良い表情で試合に出かけていったのです。なぜかと言うと前日の中学新人戦の壮行会で、とてもやりたくない挨拶をさせられたのです。ところが思いの外うまくできたようで、それが自信になったのか、何だか清々しい柔らかい表情をしていたのです。ばあばは、これは良い兆候だと感じました。その自信は次の日の試合につながり、新人戦で見事優勝したのです。

おっとー、ばあばの直感はズバリと当たり、ばあばも嬉しい悲鳴でしたが、それは孫が自分に自信を持ってプレーできたことの喜びでした。それに初めて学校の名前を背負っての責任感も、彼女を強くしたのだと感じました。

自信と覚悟の強さ

自分に自信を持つことの強さ、勝たなければならないという覚悟。この二つが重なった時、本当の強さが発揮されるように思います。それは正にオリンピックの色々な場面にも良く見られ、私達を感動させてくれますね。

勿論、何事においても、いつも上手くいくばかりではありません。前進したり、足踏みしたり、後退りしたりしながら一歩一歩、前に進むのです。スランプの中にこそ、次のステップへの秘密が隠されています。

孫も、まだまだ未熟ですが、勉強にテニスにと、少しずつ成長しながら頑張っています。が、まだまだ、ばあばの出番が無くなるのは、先のようですよ。